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13.老婆は消えた


 世の中うまく出来ているものである。
 隣町にある新築同然の家の借り手を頼まれたけど誰か知らないかと友人から言われた時には冗談かと思った。捨てる神あれば拾う神ありの言葉が実証される思いであった。借りるも良し、買っても良しだと言う。娘夫婦のために建てたが、アメリカに永住だと言う家主は、手続は後でも構わないから、何時でも引っ越して構わないと言った。川縁の高台にある家は、理想的な住環境を備えた家だった。

 引越しは早かった。決めた次の日から引越しの準備で、業者任せで二日後には引越しは完了した。とり合えず生活できるようになった新しい家に、魚屋の老夫婦はサンマの干物を一抱えもってやってきた。隣近所の引越し挨拶も蕎麦の代わりにサンマの干物となった。

 「明日、クロの葬式をしようと思っているの、もし暇があったら顔を出してね」
 涙ぐむ小母さんにいやとは言えなかった。

 次の日、私たち夫婦は魚屋の老夫婦とクロの葬式のためにクロの為の犬小屋の前にいた。小父さんの軽トラには小さな棺が乗っていた。私はクロの死体が見つかったのかと思って小父さんに聞いてみると、小父さんは小さな声で代用だと言った。その代用が実に現実的で、道路に落ちていた猫の死骸を拾ってクロの代用にしただと言う。遅れてきた坊さんの読経が終わると火葬場に向かった。人間の葬式と変わらない手順で進んでいった。

 葬式が終わると私たち夫婦はつい何日か前まで住んでいた家に上がり、残ったものを片付けながら、長年住み慣れた家との別れを惜しんでいた。帰る時間になり珍しく車を誘導するために道路に出た女房は、口を手で押さえ走り込んできた。

 「お婆ちゃんが立っている」

 私は直にはピンと来なかった。魚屋の小母さんがいるのかと思い、返事もしないで車を出して門扉を閉めると女房をたしなめたが、女房は大きく首を振った。車から降りた私の手を取る女房はクロの小屋の方を指差した。

 老婆が立っていた。その姿が伊勢湾台風時のものかは判断出来ないが、確かに異様とも思える風体の老婆が立っていたので、唖然とした私は呆然と立ちつくした。

 「目を閉じて」
 と、女房は言った。
 「お婆ちゃんの姿は私たちしか見えないかもしれないわ。お祈りをするわね。目を開けないでね」
 と言った女房は何処で覚えたのか、老婆と生死も定かではないが葬儀がすんだクロのために祈り始めた。宮司か祢宜か坊さんかと、私は揶揄的に自分の心に問いながら、女房の祈りの言葉を聞いていたが、素直に従う自分が可笑しくなり目を開けた。

 私は目を開けて老婆を見た。老婆はクロを抱いていた。老婆の体は揺れているようだった。女房はまだ祈っていた。老婆の口元が動いていた。私は見てはいけないような気がした。私は目を閉じた。通行人の怪訝な表情が瞼に浮かぶようであった。女房の祈りが終わり目を開けると老婆の姿はなかった。目を閉じて何時わずかな間に老婆がどこかに歩いていった可能性はあるが、しかし、私も女房も老婆は消えたと思った。そして、クロも死んだと納得した。隣の小母さんは入院し完全に無意識の世界で自由な日々を送っている。

theme : ねこ大好き
genre : ペット

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