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11.老婆が立っていた

 小母さんはクロが薬で殺されたと思っている風であった。それにはあゆみの死と言う絶対的な真実があるから、反論は出来なかったが、薬殺の疑惑は推測であり、死体が見つかってはいなかった。老夫婦は、儚い望みを抱いてクロを待っていたが、魚屋の仕事もあるから一日中クロを待っている訳にもいかなかった。

 今までに無かった事だが、クロの食事時間になると二人は連れ立ってやって来る様だった。小母さんがクロの名前を連呼して探し回っている間、小父さんは漁師の獲物らしいものを持って小屋の前に陣取った。食事の時間に合わせて姿を見せるバカ猫も虎猫も遠くから様子を窺っていた。時には小父さんの隙を見て小屋に近づこうと試みるが、直ぐに小父さんに追い払われた。それは愛猫クロを待つ老夫婦の一種の願いと込めたセレモニーであった。セレモニーが終ると二人はクロのために持ってきた食事を残して去って行った。老夫婦がクロのために残した食事は二匹の雄猫が食べる事は承知で老夫婦は去っていくのである。

 私が小母さんの訪問を受けたのは、日曜日の朝であった。
 「あんたがいたおかげであの子は幸せだったわ」
 早朝からの訪問の非礼を侘びて、「こんな物しかないわ」と、大量のサンマの干物しを女房に渡した後で小母さんが言った。
 「私たちも家族が増えたよう思いでした」
 私は最適な言葉を返した。
「クロもどんなにあなた達に感謝しているか。あなた達の側にいるとあの子も安心していたわね」
 小母さんの様子から判断して特別の話をしたいようだと気づいた女房は、
 「何か分ったんですね」
 と何気なく呼び水を向けた。
 首を振ったおばさんは、
 「あの子はもこの世には居ないわよ。殺されたのね、あゆみちゃんと同じように。でもね、あの子は元々この世の猫ではなかったような気がするの」
 訝しげな顔で私を見る女房に、もっと聞けと目で合図した。小母さんが話しに一区切りつき、感嘆す女房が更に小母さんに質問するのを尻目に私は外に出た。
その時であった。
私が出てくるのを待っていたかのように、隣の小母さんの独り言が始まった。
 「何処のババアか知らないが、あの老い耄れが私に説教だって。笑わせるんじゃないわよ、二匹の猫の祟りだって、私は××教だからね、そんなの恐くないのよ。私が呪い殺してやるわ、、、。昔の恩も忘れて万年平社員が、お父さんにもろくな挨拶もしないし、女房は女房で、福祉だって、笑わせるなよ、、、、」

 私は背筋が凍る思いがした。

 一段と声高になっているのは魚屋の小母さんとの間に何らかの諍いがあったことを証しているかのようだった。私が足音を忍ばせて家に入っていくと、二人の女性は息を飲んで聞き耳を立てていた。
 「その事を話す為に来たのよ、御免なさい」

 小母さんはまた話始めた。

 昨日のことだった。隣りの家の前に、あゆみの死体を発見した老婆が立っていた。小母さんに知らせたのは常連客の一人で小母さんのカラオケのライバルであった。若い時に本格的な声楽を学んだと言うカラオケ仲間で魚屋の常連でもある小母さんの友達は、「あんたとこの猫の事で喧嘩しているわよ。わざわざ知らせに来たわよ」と恩着せがましく言った。

 小母さんが飛んで来たのは言うまでもないが、その時老婆は喚き散らす隣のご婦人を残して姿を消していた。2人のカラオケ仲間に気づいた隣の小母さんは「老いぼれの死にぞこないが」と、捨て台詞を吐きドアを閉めた。警察が来たのは30分後であったが、魚屋の小母さんはカラオケのライバルに急かされて、老婆を探したが、見つかるとは思わなかった。



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