

刑事裁判市民が参加する。凶悪犯罪の裁判に市民の意見を反映させる。
ややこしすぎる裁判を市民感覚で明瞭に、
長すぎる裁判を市民生活の時間感覚で迅速に、
様々な思惑をのせて裁判員制度がスタートする。
重大事件の裁判に無作為で選ばれた一般市民の裁判員が参加する裁判員制度は、市民が裁判官と共に刑の確定から量刑まで判断する制度である。裁判官には納得できない制度かもしれない。一生懸命勉強し、幾多の難関を突破して、司法試験に合格し、そして裁判官になった。そんな専門裁判官に、無作為で選ばれた市民が同じ視線で考える。極端な言い方をすると、馬鹿な素人の感情論が先走る法廷にも成りかねない。逆に言うと馬鹿な素人の感情論は法廷要素とも言える裁判官の求める数々の証拠などで同じ方向に導ける。様々な問題を抱えながら、今日5月21日裁判員制度がスタートする。
戦前の陪審員制は有罪無罪の決定だけだったと云う。量刑決定まで、裁判員が参加する制度は始めてだ。懲役3年、懲役20年、そして最悪死刑を裁判員が参加して決める。その量計は問題だ。判例に倣う(習う)しか判断基準がないから、結局、専門の裁判官の意見に従うと言うことになりそうだ。刑法では刑の範囲が決められているから、その範囲内で判断できる。憂慮することないという声も聞こえる。
蛇足ながら裁判員法は2004年5月21日の国会で成立した。5年の準備期間が終わり、2009年5月21日の今日から始まる。色々な展開を想定してのドラマも幾つもあったが、裁判員に選ばれた人々の精神的葛藤、精神風景は、自分の問題と感じることはなかった。そして、始まる裁判員制度である。裁判官と検察官に弁護人の法律の専門家が事件を吟味し、裁判を選び、6週間前までに裁判員候補者に「呼び出し状」を送る。そんな手続きを踏んで、裁判は始まるから、裁判員裁判はまだまだ先の事のようだ。
裁判員の裁判終了後のインタビュー記事を目論む週刊誌の話題などもあったが、始まる前から終了後の問題が浮き彫りになったような感じもある。傍聴席からは裁判員が見えるわけで、裁判終了後の制約はどうか気になる。死刑判決の裁判終了後に裁判員が週刊誌の記者に追っかけられる、そんな事も予想される。
裁判員制度の実施で、もう一つ変わる事があると言う。法廷での被告の姿が、いわゆるファッションが変わると言う。法廷での最悪のファッションは官服だと言う裁判通もいるが、無機質で悪臭を放つような罪人色ともいえる色彩の感服は被告のイメージを悪くすると言うのである。裁判員に潜在意識うえつけるファッションは辞めようと、言う訳である。官服を着る被告は一般裁判でも少ないと言うが、よく見られる服が、拘置中の気楽なジャージー姿だと言う。
手錠に腰縄にジャージ姿が被告の入廷時の風景だった。その、被告ファッションを変える目論見があると言う。スーツにネクタイの爽やかな被告人や、ラフなTシャツ姿の被告人などは、想像しただけでも違和感もあるが、やって見なければ効果の程は分からない。ややこしい裁判を簡潔に、長過ぎる裁判を迅速に、そんな思いで始まる裁判員制度は今日5月21日から始まる。
読売新聞によると、法務省は「取り付け式のネクタイ男性400人分」「革靴風のかかとなし靴を男女700人分」購入した。裁判員裁判出廷の被告限定のイメージチャンジファッション用だ。 裁判員制度のスタートと関係ないがと思うが、一尾報道では関係ありそうな、裁判は和歌山毒物混入カレー事件の判決である。最高裁判所で死刑判決を受けた被告側の判決の訂正申し立てが20日までに退けられ、死刑が確定した。この事件が起きたのは、1998年、夏祭りの会場であった。67人がヒ素中毒になり、4人を死亡した残虐極まりない事件だ。
死刑確定が裁判員制度と関係あるかないかは判断出来ないが、死刑の判決もすることになる、裁判員に考えさせることにはなりそうだ。し系の判決を裁判員が下すまでには長い時がかかりそうだが、兎にも角にも誰でもなる可能性のある裁判員が死刑判決も可能である。
様々な問題をかかえて、
裁判員制度の始まった2009年5月21である。
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